花見の季節ですが!

桜は日本人にとても愛される花ですね!!

誇るべき日本の歴史としてもう70年程前に

戦後シベリアに抑留された日本兵の捕虜が

中央アジアの国、ウズベキスタンに送られ

強制労働をさせられた歴史を皆さまご存知ですか??


捕虜の日本人はウズベキスタンの首都

タシュケントにアリシェル ナヴォイ劇場を建設するように命じられ

劣悪な環境の中で

必ず行きて帰って桜を見ようと

合言葉にしていたようです

腐った食事を与えられることもあり

夜は南京虫のせいで眠れない日もあり

死者も出たそうです


劣悪で過酷な環境の中で

実直、勤勉に働く彼らに

現地のウズベク人は子供達を

日本人捕虜収容所に連れて行きます

毎週末毎に母親に手を引かれ日本人捕虜収容所へ連れて行かれた時のことをご覧あの日本人の兵隊さんを。ロシアの兵隊が見ていなくても働く。他人が見なくても働く。お前も大きくなったら、必ず他人が見なくても働くような人間になれ。お蔭で母親の言いつけを守って、今日俺は大統領になれた

とウズベキスタンのイスラム、カリノフ元大統領が言っていたようです!

子供達に食べ物を日本人に持って行ってあげなさいと

差し入れを日本人捕虜収容所に届けさせます

捕虜という身分でありながら

木を削っておもちゃを作って

返してあげたそうです

そんな中、工期を大幅に短縮し作り上げられた

ナヴォイ劇場


時は流れ

1966年首都タシュケントを大地震が襲います

建物の3分の2が倒壊する中で

壮麗に聳え立つナヴォイ劇場

ウズベク人はその功績を讃え行為と尊敬の念を込めて

4各国語で『極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル•ナヴォイー劇場の建設に参加し、その完成に貢献した』

と書かれたプレートを埋めました


そして日本の外務省はウズベキスタン政府に対し

日本人の墓地の整備を日本政府にやらせてくれないだろうか?

と打診します

帰ってきた言葉は

ウズベキスタンで亡くなった方のお墓なのだから

日本人墓地の整備は

今後日本とウズベキスタンの友好関係の

証としてウズベキスタン政府が行う


そしてタシュケントの市長が

タシュケントの公園を日本の桜で埋められないだろうか?

と、、、、

その公園は桜公園と呼ばれ


そのナヴォイ劇場は

ウズベキスタンのお札に印字されているようです!


誇り高い日本の歴史ですね!!

桜の季節になると思います


お札も新しくなる中で

運転関係ないのですが


最後まで読んでくださった方

本当に感謝いたします